
2020年6月14日 裁きと救い 申命記31~30~32:44
更新日: 2020年06月14日
ここにはモーセの歌が記されています。よく見て見ると、この歌には、イスラエルの罪とそれに対する神の怒りと裁きが記されています。それと同時に、神の憐れみと救いのことも記されています。イスラエルの民は神との特別な関係にありました。つまり、彼らをエジプトの奴隷状態から解放し、これと契約を結ぶという関係です。しかし、彼らは、その神を忘れ、偶像の神々を拝むようになりました。これは、明らかに契約違反です。これに対して、神は激しく怒り、彼らをバビロニアの手に売り渡します。いわゆるバビロン捕囚です。その苦しみの中から、彼らは自分たちの罪に気づき始めます。神が彼らを懲らしめるのは、彼らを救うためです。神が彼らを殺すのは、彼らを生かすためです。神が彼らを傷つけるのは癒すためです。そうすることで、再び、関係を正常に戻すようにされます。子が悪いことをすれば、親が叱るように、神もまた御自分の民を愛するがゆえに試練に遭わせられます。そうしなければ、自分の罪に気づけず、悔い改めしません。神が誠実に契約を守るがゆえに、そうされます。つまり、神が彼らの神となり、彼らを御自分の民とみなすことは、最後まで、これを導き、養い、助けるのです。それを誠実に守ってくださるからこそ、彼らは神の民として生きることができます。私たちも、イエス・キリストを通して神の契約に与らせてもらっています。この契約は、古い契約の反故ではなく、その完成です。私たちもキリストを神の子救い主として信じている限り、キリストを通して示された神のみを礼拝し、これに仕え、愛していく務めを担い守らなければなりません。それが神の民です。そのような信仰者こそ、神の恵みの内に生きることができます。
