
2019年 7月 7日 目を覚ましていよう 第一テサロニケ5:1~11
更新日: 2019年07月07日
この手紙の後半は、世の終わり、つまり、主の再臨について言われています。その日が、いつなのかは気になるところですが、パウロは、そのことよりも、その日が、ノンクリスチャンには、「盗人がやって来るように」、突然破滅が襲うことだけれども、キリストの十字架によって救いに定められている者には、そうではない、と言っています。なぜなら、主の再臨を信じて待ち望む者は、絶えず目を覚ましているからです。目を覚ますとは、自分の罪を悔い改め、それから遠ざかり、キリストに仕え、隣人に奉仕し、キリストの愛を伝えることです。また、信仰と愛という胸当てと希望の兜を身につけていることです。これらの武具を身につけて、主を待ち望む信仰を失わないように戦うことです。そのために、神は私達を教会へと導き、礼拝を守るものとしてくださり、信仰を与えてくださいました。そこにおいてこそ私達は、目を覚ましていることができます。また同時に、キリストの再臨を恐れず、その日が、私達の救いが完成する時として、喜びをもって迎えることができます。私達は、そうしがなら、お互いを認め合って、助け合って、キリストにある兄弟姉妹の交わりを生み出し、それを育てるのです。
