在日大韓基督教会 大阪築港教会

OSAKA SEASIDE KOREAN CHURCH
 1954年6月9日 創立
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2020年6月7日 強く、雄々しくあれ 申命記30:1~8,14~21

イスラエルの荒れ野の旅ももうすぐ終わろうとしています。そして、モーセの死も近づいています。残念ながら彼は約束の地を遠くから眺めるだけで、そこへ入って行くことはできません。なぜなら、メリバで、彼は神に背いて、民の前で、神が聖であることを示さなかったからです。民を引き連れて約束の地に導き入れるのは、その後継者であるヨシュアです。彼は勇敢で、信仰の熱い人でした。彼が大きな使命を帯びて、それを遂行することができるために、「強く、雄々しくあれ」とモーセは祝福しています。彼は、力づけられ、はげまされながら、指導者として民を導くのです。その原動力は、神です。神がイスラエルの民と共にあり、彼らの先頭に立って行かれる。ヨシュアはその後に従って民を導くのです。つまり、神と共に歩んでこそ、強く、雄々しくいられるのです。恐れず、おののかずに歩むことができるのです。

しかし、イスラエルの民は、豊かになって行くと、自分たちの神から離れて行き、カナンの神々を拝むようになります。その時が来た時に、彼らには様々な災いや災難に遭うようになります。その時、彼らは、自分の内に神がいない、ということに気づき始めます。つまり、神を見失っていることに気づくのです。それは、神が共におられない、ということは、不幸であり、恐ろしいことです。その先は、絶望しかありません。そのような不幸の中にあっても、神は憐れみをかけることはしません。神は彼らが自分たちの罪に気づき、御自分の所に帰ってくることを待っておられます。苦しみは多くのことを私たちに悟らせ、また、学ばせます。そして、その中で、キリストの十字架に目を向けるべきです。神に立ち帰る道は、その十字架しかありません。誰でも、そのもとで罪を悔い改めるなら、神は、彼らを赦し、御顔を向けて深い憐れみと恵みを注いでくださいます。その時こそ、私たちは、再び、恐れ、おののく歩みから「強く、雄々しく」生きる歩みへと変えられていきます。なぜなら、主が共にいてくださるからです。